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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)935号 判決 1985年1月30日

横浜市戸塚区新橋町九二〇番地

控訴人

南飛工業株式会社

右代表者代表取締役

南暖二

右訴訟代理人弁護士

黑木泰夫

鈴木和夫

中川登

渡邊豊

廣瀬久雄

高階雅芳

東京都北区堀船二丁目二四番一五号

被控訴人

日向工業株式会社

右代表者代表取締役

谷口昇

右訴訟代理人弁護士

并波理朗

太田秀哉

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の当審で拡張した請求を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人は、当審で請求を拡張し、

「1 原判決を取り消す。

2 被控訴人は、業として原判決添付目録記載の装置を製造し、使用し、販売し、貸し渡し又は販売若しくは貸し渡しのために展示してはならない。

3 被控訴人は、控訴人に対し、金三〇〇〇万円及びこのうち金一〇〇〇万円については昭和五六年一二月九日より、また、残金二〇〇〇万円については昭和五九年一月二四日より、それぞれ完済まで年五分の割合による金員を支払え。

4 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

二  被控訴人は、主文同旨の判決を求めた。

第二  控訴人主張の請求の原因

一  控訴人は、次の特許権(以下、「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という。)を有する。

発明の名称 自動車の車輪に附着した泥土の除去装置

出願日 照和四九年六月二二日

公告日 昭和五二年三月一日

登録日 昭和五二年八月二二日

特許番号 第八七七六三一号

二  本件発明の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、次のとおりである。

「螺旋状の突条を数本周囲に配設した円筒体を並行に配列して回転自在に支持すると共に、これら円筒体の回転軸にブレーキ装置を設けたことを特徴とする自動車の車輪に附着した泥土の除去装置」

三  本件発明は、右の特許請求の範囲の記載に基づき、次の構成要件に分解することができる。

(1)  螺旋状の突条を数本周面に配設した円筒体を平行に配列して回転自在に支持すること

(2)  これら円筒体の回転軸にブレーキ装置を設けること

(3)  自動車の車輪に附着した泥土の除去装置であること

四  本件発明にかかる装置の作用効果は次のとおりである。

(1)  円筒体の周面に設けられた螺旋状の突条によって車輪に附着している泥土を容易に剥離することができる。

(2)  さらに、右突条を設けた円筒体により、右の剥離した泥土は、容易に装置外に排出することができる。

(3)  円筒体の回転軸にブレーキ装置を設けてあるので、装置に対する自動車の車輪の進入、脱出を安全、容易に行うことができる。

(4)  本件発明装置は極めて小型に形成されているので、各種土木工事現場に対する移動、設置が容易であるなどその取扱いが極めて容易である。

五  被控訴人は、原判決添付目録記載の製品(以下「被控訴人製品」という。)を製造し、販売し、販売のために展示している。

六  被控訴人製品の構成は次のとおりである(番号及び記号は右目録記載のそれを指す。)。

(1)' 円筒体をなす回転ドラム6a、6b、6a'、6b'を平行に配列して回転自在に支持してあり、その周面には中央部で「く」の字状に折れ曲った突条13が数本配設されていること

(2)' 右回転ドラム6a、6b、6a'、6b'のドラム軸9に逆転防止クラッチ8を設けていること

(3)' 自動車の車輪に附着した泥土の除去装置であること

七  そこで、本件発明の構成要件と被控訴人製品の構成とを対比する。

1  (1)と(1)'((1)とは本件発明の構成要件(1)のことであり、(1)'とは被控訴人製品の構成(1)'のことである。以下同じ。)とを対比すると、(1)'の回転ドラム6a、6b、6a、6b'は(1)の円筒体に該当し、右回転ドラムは平行に配列して回転自在に支持されてあり、かつ右回転ドラムの周面に突条が数本配設されている点は、(1)と同一である。

(1)'における突条は、円筒体の周面に配設されており、したがって、この突条も螺旋状であることに変わりはない。螺旋とは、厳密には数学的に定義しうるものであるが、簡単にいえば、円筒体の軸に対しある角度の傾きで、円筒体の周囲に線を巻きつけた場合のその線の形状をいうといっていいであろう。(1)'における突条が円筒体の周面に配設されたものである以上、この突条も螺旋状に配設されているものであることは当然である。ただ、(1)'の突条は回転ドラムの中央の左と右とで、螺旋の巻きつけ方向が異っているのにすぎない。このことがあっても、(1)'の突条が螺旋状であることに変わりはない。

被控訴人製品の突条が螺旋状のものであることについてさらに補足すると、被控訴人製品は、

(ア) 少なくとも、螺旋状の突条を有していないということはできない。

(イ) タイヤは常に螺旋状の突状と接触している。

すなわち、右(ア)については、被控訴人製品の円筒体を中央で左右に切り離して分割してみると、左右の両円筒体は、それぞれ螺旋状の突条(螺旋のつる巻き方向は互いに逆)を有した、本件特許発明の実施例どおりのものとなる。これを再び連結して、「螺旋状の突条」十「螺旋状の突条」の状態にしたものが、被控訴人製品の突条の形状である。したがつて、被控訴人製品は、螺旋の意義をどのように解した場合であつても、螺旋状の突条を有していないことにはなりえない。被控訴人製品は、この点からも本件発明にいう「螺旋状の突条」という構成要件を有していない、とはなしえないのである。

また、右(イ)については、被控訴人製品についても、タイヤが螺旋状の突条と接していない状態は全くなく、また、たまたま「く」の字状の突条の折曲り点の上にタイヤが載つているとしても、それはタイヤの極めて狭い範囲について成立していることであつて、この点からも被控訴人製品が螺旋状の突条を有していないということはできないのである。

したがつて、(1)'は(1)と全く同一である。

2  (2)と(2)'とを対比すると、被控訴人製品の回転ドラム6a、6b、6a'、6b'のドラム軸9の逆転防止クラツチ8は、本件発明の円筒体の軸に設けられたブレーキ装置に該当する。すなわち、技術用語としてブレーキ装置とは、広く制動装置一般を指称する用語であり、かつ本件明細書の発明の詳細な説明の項に「本発明の他の目的とするところは、円筒体の回転軸にブレーキ装置を設けることにより装置に対する自動車の進入、脱出を容易にすることのできる自動車の車輪に附着した泥土の除去装置を提供するものである」(公報2欄四ないし八行)と記載されていることを合わせ参酌すれば、(2)にいうブレーキ装置とは、円筒体の回転を制御する装置一般を指し、その具体的構成のいかんを問わないものであることが明らかである。一方、(2)の逆転防止クラツチ8は、回転ドラム6a、6b、6a'、6b'のドラム軸9の突出端に直結して設けられており、自動車の進入、脱出の際、該回転ドラムの回転を制御する機能を有する。

現に、被控訴人は、本件の被控訴人製品に先立つて製作した同種の装置につき昭和五三年頃印刷頒布したバンフレツト(甲第三号証)に、同装置のブレーキは、クラツチ式のものであると記載して、クラツチもブレーキの一種であることを自認している。

また、被控訴人製品の逆転防止クラツチがブレーキに該当することは、甲第二五号証(株式会社ツバキ東京サービスセンターの報告書一頁1)、甲第二六号証(エヌエスケー・ワーナー株式会社の報告書一頁3)、甲第一七号証(被控訴人の公開実用新案公報昭和五六年第一六五六四号)、甲第一八号証(右出願の拒絶理由通知書)及び甲第二七号証(右拒絶の理由の一つとなつた控訴人の公開実用新案公報昭和五五年第一七四〇六〇号)によつても明らかである。すなわち、甲第二五号証及び甲第二六号証には、その両作成者が、被控訴人製品に使用されているような回転防止クラツチ(一方向クラツチどもいう。)はブレーキであると明らかに述べているし、甲第一七号証の考案は、逆転防止クラツチを用いているところ、甲第一八号証の拒絶理由通知では甲第二七号証の公報を引用して、同公報に、ローラ制動装置(すなわちブレーキ)として逆転防止クラツチが用いられているから、甲第一七号証の考案は公知であると、判断し、その出願を拒絶していることからも明らかなとおり、被控訴人製品のクラツチが本件発明のブレーキにあたるものであることは明白なのである。

3  (3)'は、(3)と同一である。

4  被控訴人の援用する乙第六、七号証及び乙第九号証は、本件発明の技術的範囲の解釈になんら影響を与えるものではない。すなわち、乙第六号証(公開実用新案公報昭四九-二九六二五号)にかかる考案の構成では、短冊状の突起がローラの軸方向と平行にローラ上に配列されているもので、この突起は、左右方向において連続しておらず、車輪に対する作用が本件発明と異なり、右突起は泥土を除去する作用を有するものでなく、したがつて、単なるタイヤとローラ間の滑り止めのためのものと思われるから、同考案は本件発明の構成と無関係で、乙第六号証は本件発明の技術的範囲の解釈をなんら左右することのないものである。また、乙第七号証(米国特許第一、三七〇、二五六号公報)は、乙第九号証(控訴人の昭和五四年第一四七〇二二号特許願に対する拒絶査定謄本)に引用されたもので、その発明は、カーペツトの上をころがしてカーペツト内のほこりを除去する掃除機のブラシの構造を示すものと思われ、このブラシの作動は、本件発明の突条がタイヤの泥土を剥離する作用とは全く態様を異にし、また技術分野も異なるものであるから、本件発明の構成要件とは無関係であり、したがつて、本件発明の技術的範囲の解釈を左右するものではない。

よつて、被控訴人製品は、本件発明の技術的範囲に属する。

八  本件発明の作用効果を被控訴人製品の作用効果と対照し、若干の説明を加えれば、次のとおりである。

1  本件発明においては、円筒体の周面に設けられた螺旋状の突条がタイヤの面に接し、タイヤの各部分に力を加えることにより、タイヤの各部分にそれぞれ異つた変形を生じさせ、これによりタイヤの表面、溝の内部、タイヤの側面、さらには(ダンプカーの後輪のように二本のタイヤを組み合わせて使用している、いわゆるダブル・タイヤの場合には)、タイヤの間等に附着、侵入、固着している泥土を容易に剥離するものである。

本件発明にかかる特許出願以前の従来技術においては、突条が螺旋状でないもの、例えば、円筒体の軸と平行な突条のものも存在した。しかし、本件発明における突条は、円筒体の軸に対し一定の角度で円筒体の周面に巻きついているものであり、したがつて、突条がタイヤ面に接する部分は、タイヤの左右端においてずれがあり、このためタイヤの変形が従来品に比して大きく、泥土も剥離し易い。すなわち、突条が軸と平行な場合には、タイヤの変形はタイヤの幅に対して左右対称に発生するが、本件発明の場合には、タイヤの変形が左右でずれるため、タイヤにねじれるような力が働き、このために泥土が剥離し易くなるのである。このことは、被控訴人製品についても全く同様である。被控訴人製品においても、突条が螺旋状であるために、突条の車輪への接し方は本件発明と同一であり、タイヤの変形も本件発明と同様、左右ずれをもつてねじれるように生じ、これにより泥土の剥離は、全く本件発明の場合と同様に行われる。

したがつて、この点に関する作用効果は本件発明でも被控訴人製品でも全く同一である。

2  次に、本件発明の装置も被控訴人製品も共に、剥離した泥土を飛散させず容易に装置外に排出することができるという効果を有する。

本件明細書上において装置の外あるいは機枠の外と述べられているのは装置又は機枠の下及び左右を含む広い意味で用いられているものである。本件発明にかかる装置における機枠1の下には、通例の用法によれば台があり、機枠はこの台をもつて地面の上に支えられている。したがつて、車輪から剥離された土は機枠と地面との間に落ち堆積するわけである。現に被控訴人製品においては、架台本体1あるいは枠体3の下に枠体の脚2が設けられ、さらにその下に穴がありここに排出された土が堆積するようになつている。車輪から剥離された土は円筒体又は回転ドラムの回転によつて運ばれ、機枠又は架台、枠体等の下に落ちる。さらに、土が堆積して円筒体又は回転ドラムの下面に接するようになつたときは、突条が螺旋状であることから、スクリユーのような作用をし、ここに接する土は突条に沿つて左右方向に押され、したがつて常に土は円筒体又は回転ドラムの回転に支障をきたさないようになつている。このように常に機枠の下方及び左右に土を排出、放出、流動等させるということは、本件発明及び被控訴人製品が共に有している効果である。

なお、被控訴人製品のローラが、車輪を常に円筒体の中央に保持する効果を有するなどということはありえない。タイヤの面は、本件発明においても被控訴人製品においても、螺旋状突条に接していることに変わりはなく、また、大部分の場合、タイヤは回転体の中央から少しずれた位置で突条に接し、回転しており、そのまま横方向に移動することはないのである。

3  被控訴人製品においては、回転ドラムにクラツチ方式によるブレーキ装置が設けられてあるので、装置に対する自動車の車輪の進入、脱出を安全、容易に行うことができることは、本件発明の作用効果前記四の(3)と同一である。

4  また、被控訴人製品は、稼働、設置、取扱い容易という、本件発明の作用効果前記四の(4)もそなえている。したがつて、被控訴人製品の製造、販売等は、本件特許権の侵害となる。

九  被控訴人は、被控訴人製品を製造、販売及び貸し渡すことが本件特許権を侵害することを知り、又は知りえたにもかかわらず過失によりこれを知らないで、少なくとも左のとおりの台数の被控訴人製品の製造、販売及び貸し渡しをした。

昭和五三年一二月一日から昭和五五年一二月末日まで 五〇台

昭和五六年(一月から一二月) 二六台

昭和五七年(一月から一二月) 三九台

昭和五八年(一月から一〇月) 一八台

合計一三三台

そして、被控訴人が右製品の販売により得た利益は、一台あたり少なくとも金一〇〇万円であるから、総額で金一億三三〇〇万円(うち昭和五五年一二月末日以前は金五〇〇〇万円、その後については金八三〇〇万円)を下らない。そのため、控訴人は、被控訴人の右侵害行為により、右利益額と同額の損害を受けた。

控訴人は、原審において被控訴人に対し、被控訴人製品の製造、販売及び貸し渡し並びに販売及び貸し渡しのための展示の差止を求めるとともに、損害金については、右のうち昭和五五年一二月末日までの損害金のうち金一〇〇〇万円とこれに対する遅延損害金の支払いを求めていたが、当審において、昭和五九年一月二三日被控訴人に到達した訴の変更(控訴の趣旨拡張)申立書により、請求を拡張して、昭和五五年一二月末日までの製造、販売及び貸し渡しにかかる損害金のうち金一〇〇〇万円及びその後の分のうち金二〇〇〇万円並びに前者については不法行為の後である昭和五六年一二月九日から、後者については前記申立書が被控訴人に送達された日の翌日である昭和五九年一月四日から、それぞれ完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三  請求の原因に対する被控訴人の認否及び主張

一  被控訴人は、控訴人の訴の変更に異議がある。

控訴人は、弁論終結間際になつて訴の変更の申立をしているが、変更の理由たる損害賠償額の増額についてはなんらの立証もなされていないため、訴の変更を認めるならこの点の証拠調べ等の手続を行わなければならず、これにより、審理は著しく遅滞することは明らかであり、右訴の変更は極めて不当であるから、民事訴訟法二三三条により、訴の変更を許さない旨の決定を求める。

二  仮に訴の変更が認められるとするならば、被控訴人は、以下のとおり主張する。

1  控訴人主張の請求の原因一ないし三の各事実は認める。

2  同四の主張は争う。控訴人が本件発明の作用効果として主張するところは抽象的にすぎ、螺旋状突条に関連した特有の作用効果を無視している。

3  同五及び六の各事実は認める。

4  同七及び八の主張は争う。特に、控訴人の螺旋状突条の解釈、及び、螺旋状突条と「く」の字状突条は同一である、との主張、並びに、被控訴人製品のクラツチは本件発明のブレーキ装置に該当する旨の主張は、後記のとおりいずれも失当であり、被控訴人製品は、本件発明の技術的範囲に属するものではない。

(一)控訴人は、円筒体の軸に対しある角度の傾きで周囲に線を巻き付けた場合の形状を螺旋というのであるから、円筒体の周囲に配設されている被控訴人製品の突条も螺旋状であると主張する。

しかし、控訴人のかかる主張は、著しく螺旋の定義を拡張するもので誤りである。新潮国語辞典の解釈によれば、「螺旋とは(ニシ)の殻にある線のように渦巻状の筋目ないし渦巻線である」とされ、また、同意語である螺線とは、平面状の一直線が円柱に巻き付いて空間で作る螺旋形の曲線と定義されている。もし、控訴人主張のように斜めに突条をつけたものまで含めるとすれば、ひいては、乙第二号証のようなローラと平行に刻目が山形状についているものまで含めることになり不当に広い解釈となる。

また、突条の一部分のみでは、本件特許の明細書で強調した螺旋状の突条を配設した効果をあけることはできないから、突条の曲線の一部分を本件発明における螺旋状にあたるとすることはできない。まして、その一部分を真中から両端に向けて逆方向になるように結合したものを螺旋状ということのできないことは明らかである。

(二)本件明細書の特許請求の範囲には、「円筒体1の回転軸にブレーキ装置3を設けること」なる構成要件を含むものであるが、被控訴人製品には、かかる「ブレーキ装置」は使用されていない。まず、円筒体(ローラ)にブレーキ装置がないと、車輪の泥落し作業が終つた自動車(ダンプ)は、いざ出発しようとしても円筒体が空転してしまい同じ円筒体の上に止まり出発進行ずることができない。したがつて、ダンプが先に進むには、円筒体の回転を一時的に抑制するブレーキ装置が当然ながら必要となるが、ブレーキ装置はダンプの運転手が容易に操作できるように、例えば一メートルほどの支柱の先にブレーキ装置の操作スイツチをとり付けたものが用いられ、運転手が窓から手を伸して操作スイツチを入れ、ブレーキ装置を操作するのである。ブレーキ装置を車輪を載せた円筒体の軸に直接取り付けることも勿論可能であるが、その場合は運転手がダンプから降り、地面に近い位置でブレーキ装置を作動させ、再びダンプの席に戻ることが必要であり面倒なので、右のように運転席から操作する構成をとらざるをえないのである。ところが、泥土を積載したダンプは四〇tにも達しダンプの馬力も三六〇馬力にも達するのが普通であり、このような重量ダンプが右のような高馬力で停止した状熊から勢いよく飛び出すときには、非常に大きな力が円筒体に加わるので、通常のブレーキ装置では役に立たず、したがつて、この円筒体のブレーキ装置は、大掛りで、その取付費用も極めて高額となつていた。また、ブレーキ装置は、回転しようとする軸にある圧力を加えて抑制することで行うものであり、完全な停止は期待しえない。さらに、ブレーキ装置は、右に述べたように運転手の操作を伴い、運転手は、一方の手でハンドルを握り、他方の手を伸してブレーキを操作するため、運転を誤り、泥落し台から転落したり、走行路から曲つて泥落し台の脇にずり落ちたりして、さまざまなトラブルが生じていた。

被控訴人製品は、右のようなブレーキ装置は全く具備していないことが特徴であり、原判決添付目録及びその第4図で了解されるように、逆転防止クラツチ8を用いている。この逆転防止クラツチ8は、ドラム軸9を固定した内輪10及び固定外輪11並びにこれに介挿された畏い楕円形のローラカム12から構成され、ローラカムの形状と配列を調整することで一方向には回転するが、反対方向にはローラカムの立ち上り作用によつて回転しないのである。この部分が被控訴人製品の最も苦心の存するところである。逆転防止クラッチ8は、ブレーキ装置のような操作(手動・自動)をなんら必要としない。この逆転防止クラツチは、円筒体が車(ダンプ)の進行方向に沿うときは自由に回転するが、逆転しようとすると円筒体を即時に停止させる構成である。したがつて、被控訴人製品の逆転防止クラツチは一つの回転動作を抑制するブレーキ装置という観念には含まれない。

なお、「突条を数本周面に配設した円筒体を平行に配列して回転自在に支持すると共に、これら円筒体の回転軸にブレーキ装置を設けた」ことは、乙第六号証により本件特許の出願前公知である。

(三)本件発明が構成要件(1)、すなわち円筒体に螺旋状の突条を配設するという構成を採用した目的、作用効果についてみるに、甲第一号証(本件特許公報)によると、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、「本発明の他の目的とするところは、円筒体の周面に設けられる突条を螺旋状に配設することにより、車輪に附着している泥土の突条による剥離を更に容易にすると共に、その剥離した泥土を装置外に排出することができる自動車の車輪に附着した泥土の除去装置を提供するものである。」(本件特許公報1欄三五行ないし2欄三行)、「円筒体2、2の表面に設けられた多数の突条5、5……によつて車輸に附着している泥土は剥離されると共に、その泥土は螺旋状に形成される突条5、5……によつて機枠1外に流動し放出されるのである。」(同公報3欄二〇行ないし二四行)、「本発明装置による時は、円筒体2の周面に設けられた螺旋状の突条5、5……によつて車輪に附着している泥土を極めて容易に剥離することができると共に、その剥離した泥土を装置外に排出することができる実益を有するものである。」(同公報4欄六ないし一一行)との記載が存することが認められ、右記載によれば、円筒体に螺旋状の突条を配設する、という構成要件(1)を採用した目的及びその作用効果は車輪に附着している泥土を容易に剥離することができる、という点と剥離した泥土を装置外に排出する、という点にあること明らかである。

そして、成立に争いのない乙第六、七号証及び乙第九号証によれば、ドラムの周面に設けた突条によつて泥土を除去するという構成自体はすでに本件特許権の出願前公知であることが認められ、したがつて、螺旋状の突条を設けた主たる目的及びその作用効果は、剥離した泥土を螺旋状の突条によつて装置外に排出する、という点にあるのである。

一方、被控訴人製品の回転ドラムに配設されている突条は「く」の字形であつて、その構成上、自動車の車輪に附着している泥土を剥離することができ、自動車の車輪を円筒体の中央付近に保持できる、という効果は奏しうるものの、剥離した泥士は円筒体の下方に落下しこれを右突条によつて装置外に排出する、という効果を奏しえないことは多言を要せず、この点において、被控訴人製品は、本件発明とその作用効果を異にする。

本件発明は、車輪に附着している泥土の突条による剥離をさらに容易にするとともに、剥離した泥土を機枠の側方へと送り装置外に排出する、という効果を奏するために螺旋状の突条を配設するという構成を採用したものであることは明白であり、このような効果があるものとして明細書においてこれを強調し、右効果を奏するものとして螺旋状の突条を配設する、という構成を採用して特許を受けた以上、明細書の右記載を無視して、右の効果を有しないことを前提に作用効果の同一を論ずることは到底許されない。

5  同九のうち、請求拡張の経過は認めるが、その余の事実は否認する。

第四  証拠関係

訴訟記録中の原審及び当審における証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  控訴人主張の請求の原因一及び二の各事実(控訴人が本件特許権を有すること及び本件明細書の特許請求の範囲の記載)については、当事者間に争いがない。

そして、右争いのない特許請求の範囲の記載と成立に争いのない甲第一号証(本件特許公報)の記載とを合わせ考えれば、本件発明は、次の(1)ないし(3)の構成要件より成るものということができる。

(1)  螺旋状の突条を数本周面に配設した円筒体を平行に配列して回転自在に支持すること

(2)  これら円筒体の回転軸にブレーキ装置を設けること

(3)  自動車の車輪に附着した泥土の除去装置であること

二  次に、被控訴人が被控訴人製品を製造し、販売し及び販売のために展示していることは、当事者間に争いがないところ、被控訴人製品の構成を示すものであることに争いのない原判決添付目録の記載及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人製品は、次の(1)'ないし(3)'の各構成から成るものということができる。

(1)' 円筒体をなす回転ドラム6a、6b、6a'、6b'を平行に配列して回転自在に支持してあり、その周面には中央部で「く」の字状に折れ曲つた突条13が数本配設されていること

(2)' 右回転ドラム6a、6b、6a'、6b'のドラム軸9に逆転防止クラツチ8を設けていること

(3)' 自動車の車輪に附着した泥土の除去装置であること

三  そこで、被控訴人製品が本件発明の技術的範囲に属するか否かについて検討する。

1  本件発明における前記各構成要件と被控訴人製品の前記各構成とを対比すれば、被控訴人製品が、「突条を数本周面に配設した円筒体を平行に配列して回転自在に支持した構成を有する自動車の車輪に附着した泥土の除去装置」である点においては本件発明の装置と一致するものであり、したがつて、本件発明の前記構成要件(1)及び(3)の関係では、被控訴人製品の突条13が中央部で「く」の字状に折れ曲つたものであるのに対し、本件発明の突条が螺旋状とされている点で両者に構成上差異があるとすべきか否かの問題があることが明らかであるが、前記本件発明の構成要件(2)と被控訴人製品の構成(2)'との間においても、本件発明の装置の回転軸に設けられた「ブレーキ装置」には、被控訴人製品のドラム軸に設けられた逆転防止クラツチ8のようなものも含まれるか否か、すなわち、右(2)'の構成が(2)の構成要件を充足するか否かの問題が存在することも明らかであるので、前記突条の形状の点は暫く措き、まず、右のブレーキ装置と逆転防止クラツチの点について考察することとする。

2  土地開発、宅地造成等の土木事業等において泥土等の運搬に使用される自動車の多くがいわゆるダンプ・カーで積載量も馬力も大きいものであるところ、回転自在に支持された円筒体を平行に配列した自動車の車輪に附着した泥土の除去装置においては、大型高馬力の自動車のタイヤを平行に配列した円筒体の中間の上部に載せるため装置の上に自動車を進入させ、あるいは、泥土除去後自動車を装置上から脱出させようとしても、回転自在に支持された円筒体が回転してしまうため、進入、脱出に困難を伴い、特に脱出については、それが不可能になる場合もありうることが明らかである。そして、前記争いのない本件発明の特許請求の範囲の記載に、前記甲第一号証(本件特許公報)の記載、特に「更に、本発明の他の目的とするところは、円筒体の回転軸にブレーキ装置を設けることにより、装置に対する自動車の進入、脱出を容易にすることのできる自動車の車輪に附着した泥土の除去装置を提供するものである。」との記載(2欄四ないし八行)によれば、本件発明は、これを、前記(2)の構成すなわち円筒体の回転軸にブレーキ装置を設けることにより、右進入、脱出時に円筒体の回転を停止させ、進入、脱出を容易にしたもので、ブレーキ装置により円筒体の回転を止めるものであることにより、前後いずれからの進入、脱出に際しても、円筒体の回転による支障を解消したものであるが、一方、ブレーキ装置であるため、これを操作するスイツチを設け、進入、脱出に際しては、このスイツチを操作してブレーキを作動させ、泥土除去の際にはまたスイツチを操作してブレーキを解放しなければならず、そのため、大型、高馬力の自動車の動作を制御するためのブレーキ装置であることもあつて、被控訴人主張(第三の二の4の(二))のような支障も生じうるものであること、並びに、本件明細書中には、その特許請求の範囲におけるブレーキ装置について、円筒体の回転を停止、抑制するもの以外の装置をも包含することを示唆する記載は全くないことを認めることができる。

3  これに対し、被控訴人製品における前記(1)'ないし(3)'の各構成及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人製品は、本件発明の装置におけると同様、自動車の進入、脱出が困難又は不可能である泥土の除去装置において、その欠点を克服するため、本件発明の円筒体の回転軸に対応する回転ドラムの軸に、逆転防止クラツチ8を設けたものであるが、逆転防止クラツチであるため、自動車の進入、脱出に関し、必ずしも、進入、脱出のいずれの際も、また、前進、後退のいずれでも、これを容易にするという効果を発揮するものではなく、特に後方から進入する場合には、一定の速度で進行して平行する回転ドラムの中間に行き過ぎないようにタイヤを載置させるためにはある程度の運転技術を要するものであり、また、脱出についても、クラツチの働く方向である後方に後退して脱出するか、あるいは、一たん後退してから勢いをつけて回転ドラムを乗り越えて前方に脱出しなければならないという制約があるが、一方、逆転防止クラツチであるため、一たんこの装置を回転ドラムの軸に取り付ければ、なんらこれを操作する必要もなく、自動車の前進、後退のみによりある程度容易に進入、脱出できるという利点があるものであることが認められる。

4  ところで、一般に「回転軸のブレーキ装置」とは、回転体に回転に逆らつた抵抗を与えて回転を低めあるいは回転を停止させる目的に使用する機構を指し、一方クラツチは、原動体より従動体に動力を断続的に伝導する機構であつて、両者がその機構を異にするものであり、クラツチは常に原動体及び従動体の二つの相対的に回転する物体が存在する装置であるが、ブレーキ装置は一個の回転体に関する装置であることは、当裁判所に顕著なところである。そして、前記(2)と(2)'との関係について前記甲第一号証の記載及び原判決添付目録の記載に照らして考察すれば、(2)は、円筒体の回転軸のブレーキ装置であつて、二つの相対的運動のできる回転体を有するものではなく、回転方向のいかんを問わず回転体の回転を停止しうるものであるのに対し、(2)'は、内輪と外輪とからなる二つの相対的な回転運動をする回転体を有し、回転方向によつては相対的な回転運動を許さないで内輪、外輪を固定関係にするというものであるが、この固定関係となるような回転方向をとるとき、回転体の一方である外輪が固定され回転できない状態にあるため、他方の回転体である内輪に回転ドラムに加えられた力による回転力を伝えても回転できないようになつているものであることが明らかである。そうすると、右(2)'のものは、二つの相対的運動をする回転体により一方向にのみ回転を許容し他方向の回転を防止する点で(2)のブレーキ装置とは技術思想として異質なものといわなければならない。しかも、右(2)及び(2)'の構成の相違により、自動車の進入、脱出の容易さ等につき、本件発明の装置と被控訴人製品に作用効果上それぞれ長短のあることは、前記2及び3に認定したところにより明らかであるから、(2)'のクラツチ装置は、(2)のブレーキ装置とは構成、機能を異にするものであり、(2)のブレーキ装置に含まれるものではないといわなければならない。

5  もつとも、原本の存在及び成立に争いのない甲第三号証によれば、被控訴人が作成した被控訴人製品と同様の自動車の泥土の除去装置のパンフレツトの図面には、被控訴人製品の逆転防止クラツチにあたる部分を「クラツチブレーキ」と命名してあり、右パンフレツトの説明中には、「この度び当研究開発部では、ブレーキ部分をカムクラツチ式に改めました。」と記載してあることが認められ、弁論の全極旨により訴外株式会社ツバキ東京サービスセンター及び同エヌエスケー・ワーナー株式会社が控訴人からの照会に対してした回答書であると認められる甲第二五、第二六号証には、一方向クラツチないしカムクラツチがブレーキであると記載されていることが認められる。そうすると、控訴人主張のとおり、「ブレーキ装置」という用語は広く制動装置一般を指称し、クラツチを含む意味で用いられることもあることがうかがえる。しかし、前叙のとおり、ブレーキとクラツチは技術思想として異質であり、その作用効果も異なるところ、本件明細書中には、その特許請求の範囲における「ブレーキ装置」について、クラツチを包含することを示唆する記載が全くないことは前認定のとおりであるから、本件発明のブレーキが右のように制動装置一般を指称しクラツチを含むと解することはできない。

また、控訴人は、成立に争いのない甲第一七、第一八、第二七号証をあげて被控訴人製品のクラツチが本件発明のブレーキにあたる旨主張し、右各書証によれば、被控訴人の出願にかかる逆転防止クラツチを有する自動車用泥落し装置の実用新案について、控訴人出願にかかる名称を「泥土除去装置におけるローラ制動装置」とする実用新案の公開実用新案公報(昭和五五年一二月一三日公開)が同一考案であるとして拒絶理由に引用されていることが認められる。しかし、前掲甲第二七号証によれば、控訴人出願にかかる右考案は自動車の泥土除去装置のローラ軸の回転を防止するために逆転防止クラツチを設けたものであることが明らかであるから、これが被控訴人出願にかかる前記実用新案の拒絶理由に引用されることは当然であり、右の事実は本件発明のブレーキがクラツチを含むと解すべき根拠にはならない。したがって、控訴人の右主張は採用できない。

6  そうすると、被控訴人製品は本件発明の前記(2)の構成要件を充足する構成を具備しないものであるから、その余の事項について検討するまでもなく、本件発明の技術的範囲に属しないものといわなければならない。したがって、損害の額について審理するまでもなく、被控訴人製品の製造、販売等が本件特許の侵害となるものとして、右製造、販売等の差止及び本件特許の侵害による損害の賠償を求める控訴人の本訴請求は、当審における拡張部分(右請求の拡張は適法である。)を含めて、いずれもその理由がないものといわなければならない。

四  したがって、控訴人の原審における請求を棄却した原判決は正当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、当審において拡張された請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 瀧川叡一 裁判官 楠賢二 裁判官 松野嘉貞)

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